根管治療の実態~12歳の女の子の症例紹介~

写真は、12歳の女の子の右下6歳臼歯です。歯が生えて間もなく虫歯になり根管治療を受けたのですが、途中で治療を中断してしまったために根っこの周囲に非常に大きな膿瘍(のうよう:うみの袋※1)ができてしまいました。これは、歯根(しこん:歯の根のこと)の中に増殖した細菌が長い年月をかけて周囲のアゴの骨を攻撃したためにできた病巣です。

このまま放置すると膿瘍はさらに大きくなり、アゴの中に通る太い神経を圧迫して、場合によってはアゴや唇に痺れが出る可能性があります。アメリカの専門誌によれば細菌がアゴの神経に感染した症例があり、その影響は脳にまで及んで重篤な脳障害をもたらしたとの報告もあります。たとえ今の時点で抜歯をしたとしても、病巣を取る際に神経に傷をつけてしまう可能性もあります。

大きな膿瘍との闘い

「なんとか抜かずに治すことはできないだろうか?」口腔外科の先生から相談を受けました。

そこで根管治療の開始です。
(1)6年前に詰めて古くなったゴム質の充填剤を取り除きます。
(2)根管の中に張り付いているバイオフィルム(細菌の集合体)をさまざまな器具や薬剤を使って除去します。この作業が不十分だと、1週間もすれば細菌の数はもとの状態まで増殖してしまいます。
(3)その後、カルシウムと消毒剤を含んでいる薬を根管の中に詰めてしばらく様子を見ます。

3ヶ月後に病状確認のためのレントゲン写真を撮影しました。(※2)を見ると、歯根周囲に新しい骨が再生したことを示す、網の目状の白い模様が現れてきました。

根管内部の除菌に成功し、あれだけ大きかった病巣が治癒したのです!

ここまで治ればもう抜かなくても大丈夫です。あとはなるべく早く土台を立てて、被せものをつければ治療終了となります。

根管治療についてのよくあるご質問

知っておきたい関連痛(かんれんつう)の話

歯の痛みを伝える神経は三叉(さんさ)神経と呼ばれる顔面神経の一つで、その名のとおり眼の周囲(第1枝)、上あご(第2枝)、下あご(第3枝)の3カ所に枝分かれしています。
それぞれの神経は歯だけでなく、あごを開けたり閉めたりする咀嚼筋(そしゃくきん)など様々な顔面の情報を脳に伝達します。そして伝達の途中、痛みの情報はいったん脊髄にある中継点のレセプターに集まってから脳に信号を送ります。

ところがこの中継点で時に伝達ミスが起こります。図1をご覧ください。(1)三叉神経支配にあるあごの筋肉になんらかの異常があるにもかかわらず、中継点では隣接する健康な上あご奥歯の神経のレセプターに刺激を伝導してしまう(2)共鳴(きょうめい)という現象がおこる場合があります。このとき(3)脳は痛みの情報が上あごの歯から来ているものと誤認してしまいます。つまり奥歯に異常はなくても歯が痛いと感じてしまうのです。

このように直接関係のない部位に起こる痛みを関連痛と呼び、歯に原因が無い歯痛である事から非歯原性歯痛(ひ・しげんせいしつう)とも言われています。そして関連痛は上あごだけでなく下あごでも起こります。
この時、抜髄(ばつずい:歯の神経を取る根管治療の一種)をしても歯に原因は無いので痛みはとれませんし、健康な歯髄を取ってしまうデメリットも計り知れません。

神経を取ったのに痛みが引かない・・

これまで多くの患者さんからこのような難治性の歯痛についてご相談を受けました。もちろん根管治療の不備が原因だった事もありましたが、咀嚼筋の異常による関連痛が原因と診断されたケースも多くありました。

国民総ストレス社会・・実はストレスが原因で咀嚼筋(そしゃくきん)の異常を訴える患者さんは非常に多く、専門用語では筋・筋膜痛(きん・きんまくつう)と呼んでいます。

受験勉強や仕事、老人介護など慢性的なストレスが原因で無意識に“歯ぎしり”や“くいしばり”をしているために咀嚼筋に負荷がかかって筋肉の凝りが生じるのです。また歯並びや噛み合わせの異常はさらに負担をかけます。発症する年齢は多様で、初期症状はあご周囲の痛みと同時にあごが開かなくなったり、開きづらくなったりします。

咀嚼筋は複数ありますが、誰でも分かりやすいのは図2に示した咬筋(こうきん)と側頭筋(そくとうきん)です。下あごの後方(えらのあたり)またはこめかみを押さえながらグッと噛みしめるとピクッと盛り上がるのがそれです。もし筋肉に異常がある場合、指の先で少し力を加えてグリグリ押すと、どちらか一方(場合によっては両側)の筋肉に強い痛みを感じるはずです。痛みがなくとも“イタ気持ちいい”感じがする場合もあります。
疲れた時に虫歯は無いはずなのに奥歯がうずく・・と感じたら試してみてください。

歯痛のメカニズムは複雑で、診断を誤るとますます悪い方向へと足を踏み入れてしまいます。筋・筋膜痛の治療方法は症状と発症期間に応じて異なります。
ぜひ知って頂きたいのは、わたしたち歯内療法専門医は歯の根っこの治療、つまり根管治療専門医であると同時に患者さんの歯痛が根管治療では治らない、他に原因があるのですよ、と診断する専門医でもあるのです。

アメリカの歯内療法の専門書『Pathways of the pulp』には歯の痛みについて“痛みとは物理的な反応だけではなく、感情や概念、モチベーションなどに影響を受ける主観的な反応である”と記述されています。言い換えればヒトが感ずる痛みは気持ちに左右されやすい、という事です。
たとえなかなか治らなかった歯痛でも原因がわかるだけで気持ちが楽になり、痛みが和らぐ患者さんもいらっしゃいます。

関連痛―非歯原性歯痛―はその場しのぎの治療では必ず再発します。お口全体、歯1本1本を体の中の一つの器官として考えて、修復治療や矯正治療の専門医が連携して調和のとれた歯並びや噛み合わせを取り戻さなければならないのです。